2014年11月5日水曜日

A nurse magnet

ある筋から聞いた話を基に、ナースモテなファッションを提案いたします。









ある筋から雇用の話が来たので、電子カルタを作ってみました。



多くは望みません。



六本木ヒルズで優雅に暮らせる程度の慎ましい給金で結構です<(_ _)>

2014年11月2日日曜日

The Reason I Jump: The Inner Voice of a Thirteen-Year-Old Boy with Autism

今日は某先生のお誕生日ということで、思い出したことについて書きます。



大分前に某番組を観ていたら、東田 直樹という自閉症の日本人が13歳のときに書いた本を英訳した"The Reason I Jump"が紹介されました。







高機能自閉症については少し聞いたことがありましたが、描画や計算等「それ自体で完結する*」分野での話しだと思っていたので、

作家のような「他者に伝えようとする文を、一定のロジックに従って紡ぐ**」分野には「自閉症≒外界から切り離された個***」であるという自分定義から存在しないと考えていたので驚きました。



そこで某本を入手し、一番後ろのやたらと長い物語以外を読んで感じたのは、驚きと違和感。

驚きは、自閉症でありながら13歳でこのような文章を書けるという能力に対して。

違和感は、知性を持った13歳が自閉症という状況に置かれているのに、外界/環境に対する不満・混乱・怒りという感情が少ないことに対して。



保護者の願望を具現化したかのようなあまりの出来杉君ぶりに「周りにいる人が書いてんじゃないのコレ?」と感じたので調べてみました。

高機能自閉症患者が、高いレベルの文を紡ぐ能力を持つことは可能性としてあるようです。

それでも、外界/環境にたいする攻撃的な感情をあまり感じられない理由にはならない。

無論、彼の思考が本として出版されるまでの過程でいくつかのフィルターを通るとは思うのですが。

その上訳されてるし、訳されてるのを自分でハポン語に訳し返してるし。



まぁ、自分の感じる違和感以外に根拠もないので彼はそういう人なんだと仮定すると、大変興味深い。

彼は自分の考えを「自閉症」と一般化?して説明していますが、彼は典型的な自閉症患者とは言えないでしょう。

でしょうが、ひとつの声として響くものがあります。



と、自転車関係ないからブログに投稿しようか迷ってたら一日経ってしまいました。

と、迷ってたらさらに数日経ってしまいました。

転生された林檎神である先生に帰依するため、遅ればせながら告白いたします。



でもやっぱり自転車関係ないし、と、迷ってたら。。



リハビリや診察待ちで、英語本を携帯するカッコイイ自分をナースにアピールする目的にはオススメしません。

無駄でした。

比較的平易な英語なので、英語を練習してみるか的な用途ならオススメします。



* というイメージを持っています。

** というイメージを持っています。ロジックが一般的でない度合いに応じ、アカデミックな方面も含めて詩人に近くなってくと考えます、少なくとも一般人には。

*** というイメージを持っていました。



【追記】


ある筋から聞いた話をキッカケに、「彼が自閉症」かつ「彼の保護者が書いている」と仮定したときに思うこと。

このような「救いの物語」があると願い、それをを社会に向けて発信する保護者を理解はできます。

自閉症が身近でない自分ですら、そうであれば良いと願う位だから。

構造としては「宗教」(罰無し)に近い感じなので、商いもある程度は許容されるべきだとも考えます。

これがダメなら非常に多くの書籍がダメになるでしょうし、そもそも「おk/ダメ」の線引きが難しい。



ただ、これが「自閉症患者の内面」という形で流通するのは問題がありそう。


先ず、これが一般的な自閉症患者の内面を著しているとは思えない点。

1.対人相互反応の質的な障害
2.意思伝達の著しい異常またはその発達の障害 
3.活動と興味の範囲の著しい限局性

以上3点が自閉性障害の基本的特徴らしいのですが、名目上の作家である東田直樹さんのように文を綴れる場合、自閉症の定義上他のカテゴリーに分類されるほうが自然。


次に、患者自身が書いていないので患者の内面を著しているとは思えない点。

いくら特殊であっても、患者自身が書いていたら患者の内面であることは否定できない。

自閉症に分類されるかは別として。



そうであって欲しいと願うことが、そうでないことは往々にしてある。

そうであって欲しいと願うことが、そうであることは殆ど無い。

残念ながら、前者の可能性が高いようです。